事件簿 ~雨のち晴れ~

 不自然な歩き方をする彼の足が義足であることがわかったのは、 面談を始めて30分ほど経ってからだった。
 彼は現在無職であり、月6万円程の障害者年金を受給している。 また、彼の傍らに寄り添っている妻も精神障害を負っており、月6万円程の障害者年金を受給しているという。

 彼の負債はT社1社のみで約100万円である。 夫婦が暮らす公営住宅の家賃は1万7000円で、水道光熱費、食費等、最低限の生活をするのが精一杯である。 彼は、彼女と結婚する前には、精神科に入院していた時に知り合った女性と同棲生活を送っていた。 短い期間ではあったが、幸せな日々を暮らしていたと言う。

 しかし、精神的に不安定だった彼女は、銭湯の帰りに突然私鉄の線路に飛び込み、 それを助けようとした彼は右足膝下を切断するという大怪我を負ってしまった。幸い彼女は鎖骨骨折だけで助かったが、彼の短い青春はそれで終焉を迎えた。

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 彼はリハビリを終わって仕事を探したが、どこも対応は冷たかった。 お互いの障害者年金で生計を維持するのが目的であった。 2人の障害者年金で、ひっそりと爪に火を灯す思いで暮らしたが、切りつめた生活をしていても思いがけない出費が重なり、サラ金へ手を出さざるを得なかった。

「僕の人生は何だったのでしょうか」

 彼はポツリとつぶやいた。 彼女は壁の一点を見つめたままで身じろぎもしない。 窓に秋の雨が流れ始めていた。

 彼は、私の指導にしたがって破産申立てに関する書類を書き始めた。 自分の名前程度しか漢字は書けない。他は全部ひらがなである。 それまで一点を見つめていた彼女が、突然涙をポロポロと流して泣き始めた。

 彼は、「もう少しで終わるからね」と彼女をなだめる。 彼女がどうして泣き始めたのかは私にはわからない。 しかし、彼はわかっているのだろう。 2人の間には、きっと2人にしかわからない愛があるのだろう。

 破産申立費用は法律扶助で賄うことができた。

 あれから半年が過ぎた。 彼は、免責許可決定を手に事務所を訪れた。

「ありがとうございました。なんとか生活してます」
 彼と手をつないだ彼女の表情は、心なしか、微笑んでいるように見えた。

 2人が帰ったあと、事務員さんがお茶を片づけながら「幸せになるといいですね」とつぶやいた。 まったくそのとおりだ。がんばって生きて欲しい。

 私は、約束があったので、すぐに車で事務所を出た。 近くのバス停の前を通ると、彼と彼女が待合いのベンチに寄り添って座っていた。やはり手をつないでいるように見えた。
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 しばらく走ると夕焼けが広がってきた。 いつになくきれいな夕焼けだ。 太陽が思いっきり大きな顔をしていた。 彼と彼女も、バスの中でこの夕焼けをおもいっきり浴びていることだろう。 そして、 明日はきっといい天気になるだろう。