事件簿 ~支払督促には既判力はない

「どこの法律相談へ行っても、この書類を見た瞬間に『これじゃあどうしようもないですよ』と言われるだけなんです。どうしようもないから相談に行っているのに」


相談者は、そう言って、債権差押命令と書かれた書類を見せてくれた。一瞬、「ああ、やっぱりこれではどうしようもないな」という感想が頭をよぎった。

 こうした、差押命令が裁判所から発せられるためにはそれなりの根拠があるからであり、一般的には、判決などによって事実関係が司法の場において判断された書類(「債務名義」と呼んでいる)の存在を前提として行われる。
 だから、そうした判決などの後に事情の変化があったというならまだしも、今更、判決などの前提となった事実関係が間違っていると言っても手遅れなのだ。

 差押命令の基礎となった事実はこうだ。

 相談者は、昭和60年に、知人が10万円を借りるにあたって連帯保証人になった。ところが、知人はそれを1回も返済することなく、最近破産してしまった。
そこで、貸主は、相談者に対し、元本10万円とそれに対する利息及び遅延損害金で、合計約80万円を支払えという支払督促という手続を申立て、支払督促が認められ、確定した。
 そして、支払督促にもとづいて、差押命令が出されたのだ。


「でも、先生、私は以前、こういう手紙をもらっているんですよ」


 そう言って相談者の広げた手紙を見ると、差出人は貸主で、「本人からはまだ全部を返してもらっていない。保証人として1万5000円を払って欲しい」という内容であった。
 つまり、相談者は、支払督促に記載された事実が違うのではないか、と言っているのである。

 もちろん、支払督促の手続きの中で異議を言わなかった相談者にも非はある。しかし、貸主が事実を隠して支払督促の手続をしていたとしたら、もっと大きな問題である。

そして、私の頭の中で、ふつふつと記憶が蘇ってきた。

 支払督促というのは、平成10年の民事訴訟法改正前は支払命令という名の手続であった。
 なぜ「命令」から「督促」という名前に変更したかというと、それまでは裁判官が「命令」を出していたのに対し、サラ金業者などの申立てが多すぎてとてもやっていられないため、裁判所書記官が「督促」を出すという手続きに改められた。

 しかし、手続に裁判官が関与しない以上、支払督促には事実関係を確定する効力(「既判力」という)はない。そういう整合性が図られたという記憶を思い出し始めたのである。

 ということは、確定した支払督促であっても、その前提となった事実関係を争うことはできるわけだ。
 こうした争い方として、請求異議訴訟という手続きが用意されている。また、差押えを停止するため強制執行停止決定の申立てが用意されている。


「やっぱり方法はあるんですね」


相談者は、「やっぱりね」というしたり顔で頷いた。